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2005年04月13日

まさかなー

もう酒井順子に関して書くということもないだろうと思ったのだけども。
色々調べていて、この人が去年「枕草子REMIX」という本を出していたことを知った。
「枕草子を、『現代語訳』の枠を超えて現代の感覚で新解釈し、清少納言の視点の鋭さ、作品の面白さを分かりやすく紹介する」という内容。書評などを読むと、こちらは特に否定的な意見もなく、おおむね好評のようだ。
まあ、「自分の感覚で『ものづくし』を書く」なんてのは、教室現場でも定番の試みだったりするんだけども、こういうものの面白さは着眼点なので、辛口な酒井氏大活躍ということらしい。
「1000歳違いの清少納言と架空の対談」を書いたり、「原文も少し付けて、『声に出して読みたいブーム』も押さえてみました」だったりと、さすがに売り方は上手いんである。

んで、何についてかというと、例によって読んだわけでもないので、内容についてではない。
書評をいくつか読んでみると、当時と今の結婚制度の違いがあまり伝わっておらず、「清少納言は、10代に一度結婚して離婚、その後小金持ちのオッサンと生活力のために再婚した、キャリア派だけどショボショボな部分もあった」という風に、読者に今の感覚のままで誤読を誘ってるかもな…という、「なんだかペラそう」という感想も抱くが、そこではなくて。

この本に関するサンスポ.comの記事で、酒井氏の発言(もしくは記述?)が引かれているのだが、以下の部分である。

「清少納言も子はいないし、一種の負け犬。やっぱり仲間ですね」と笑う。

オイオイちょっと待って~~。
ってこれ、いくらなんでも酒井順子本人が言ったり書いたりしたんではないよな、と思いたい。
記者が間違って聞き取ったか何かだと思いたい。
清少納言は、二回の結婚でそれぞれの相手に子をもうけている。

ちょっと調べればすぐ出てくることで、枕草子について書こうという人間が、そこを押さえずに書くというのは、まずありえないからだ。(最初の夫との間に男子一人(二人説もある)、二回目の夫との間に女子(子馬命婦ではないかと言われている)一人)。)
「自分で育てたわけではなかった」というのを言いたかったわけでもないと思う。子どもは多くの場合母の実家で育てるのが普通だった(逆に、乳母を仕事場である宮中に連れてきているのも珍しくなかったという)し。なんだろうなー。
これについては、何かの間違いなんじゃないかと思いたいのだ。
そこまで言うなら本屋に行って立ち読みしてくればよいのだが、今日は歯痛がエラいことで、それどころではなかったのだ。

それについてもこの記事、いかにも「無理やり『負け犬』に関連付けて売ろう」というのがアリアリで、筆者もそれにウマウマと乗っかってしまってるのがイタいかなあ、と感じた。清少納言にシンパシー抱くのは勝手だが、本来筆者自身の生き方を指した「負け犬」の基準を、自らがこういう単純なラベリングに安易に使っている辺りがなあ。
「無名草子」なんかに、「年取って没落し、ボロ家に一人住まいのヨボヨボ婆さんになった清少納言」というエピソードがあるのだが、実際は「晩年は不幸だった」というのも定かではないらしい。
「若い頃は美しく、また高い知性で名声を博したが、それも年を取ってしまえばみんなただの老人、やがて白骨になる。人生は無常…」という、当時の説話とか随筆とかによくある、仏教的無常観な落としどころの一つという説が有力だ(「卒塔婆小町」なんかはその最たる例か)。
もっともこれは、「独居老婆」という、子供のいない女性が逃れる事の出来ない将来ビジョンの一つである事は間違いないので、「負け犬」イメージに直結しがちではあるけれど。

それにしても、「源氏物語」しかり「枕草子」しかり、何年か一度に必ず、様々なメディアで「今風に料理」という試みがなされるのは、やはり原典の魅力というものなのだろう。
「枕草子」で私が推したいのはやはり、橋本治の労作「桃尻語訳 枕草子」だ。実際に生徒にもよく勧めた。
本文の文体が、「1980年代の若い女の子」のソレなので、今となっては読みにくい…というか、サムい部分もある。また、あえて逐語訳(「春はあけぼの(が最高にイイ!)」というように言葉を補わず、「春って曙よ!」と、原典そのままの語数で訳す)している読みづらさも否めない。
しかし、全文訳という快挙と、何より注釈。注釈の充実と分かりやすさは素晴らしい。生徒には「本文がキツかったら、注釈だけ読んでけ」という薦め方をしたこともある。当時の風俗や宮中の位置、清少納言と中宮定子の実情など、「枕草子」だけでなく平安文学のあちらこちらに出て来るものについて大いに分かる。
「特に主語がなくていきなり敬語表現になったら、それは基本的に帝の言葉や行動なんだけど、この本では中宮さま・もしくはそのご家族だと思ってもらってイイ」なんて、古典解読の基本を伝授してたりもする。高校生が持ってると何気に便利な事が多いのだ。

投稿者 zerodama : 2005年04月13日 23:41

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